日な日な余波ははなやか歩く

週1~2回くらいのペースで、ここで写真展をやってます。「繰り返し」と「凡庸」は写真と人生の本質です。

我に帰る境界線。

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昼間がせわしないだけに、家で音楽を聴くのが楽しい。

レコードの片面だけとか、1曲だけとか、わずかな時間の音が滲みるのである。

キャロル・キングの You've Got a Friend の始まりのピアノの音。

音楽が静寂されると、こっちも静寂する。

シリアスに歌が始まり、曲が進むと次の瞬間、温かい音に変わる。

どうやら音楽も緊張と緩和らしい。前から思っていた。

静寂は、好きである。しじま、と言ってもいい。

空気のざわざわの中で、声と楽器の音が鳴っている。

自分も静寂に向かって働きたいものだ、と思う。

案外、創造というものはすべて静寂に向かっていく行為なのかもしれない。

流れに抗う無邪気さが、才能とも言えるか。

 無邪気になれれば、才能という言葉など後付けでしかないか。

ともかく、お金を儲ける日常というのは、おおかた騒がしい。

 

べつにレコーディングだって、とくにアナログの時代の録音の緊張感は、訳がわからなくなるくらいの半端なものではなかっただろうし、仕事というのはどんな現場でもそんなものですよね。

 

僕の言ってる静寂とはその後のことで、その結果どんな「像」が現れたのかということです。

 

 

今朝の撮影は、眠ってしまって目的の駅を乗り越してしまい、戻った時には夜明けのタイミングを逃して92カットしか、撮れませんでした。それでも粘ったつもりです。

 

 

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キャロル・キングは今80歳らしい。