日な日な余波ははなやか歩く

週1~2回くらいのペースで、ここで写真展をやってます。「繰り返し」と「凡庸」は写真と人生の本質です。

写真集ができるまで・その1 

先日、自分の写真集ができあがった。その名前は、『山と子ども』

自費出版のため、これから京都市左京区を中心に、Shop営業して回らねばならない。
はたして、受け入れてもらえるだろうか? 不安である。

二十歳をすぎた頃、勤めだした写真館の地下の暗室で自分の撮ったモノクロネガをプリントして以来、
僕は42歳をすぎた今日まで写真を続けてきた。
それは何故なのか? と尋ねられれば、写真が好きだったからというしかない。
月並みだが、やっぱりそういう理由しかない。

そしてまた、子どもの時分から、本というものも好きだった。
だから、写真集をつくりたいという希望は、自分の中に自然とあった。

しかし、いざ写真集をつくるとなると、それは、とてもむずかしいこと。

少量の思いつき写真を構成しただけでは、薄っぺらさがバレてしまう。
だから、まず数を撮らねばならない。

そして写真は、言葉ではなく音楽でもない、見る人によってその受け止め方が異なるものである。
だから物語やメロディーなど別のものに変換して写真を見ようとするのではなく、「写真は写真でしかない」ということを意識して扱う必要がある。
実はこれが、とんでもなくむずかしい。ひたすら身勝手な思い込みの意識が、自分の写真につきまとうのである。

そしてその上で、「価値あるもの」となると、ホントに悩んでしまう。

いったいいい写真というのは、どんなものなのか? それは永遠の疑問である。
写真とは、自らを写す鏡みたいなもので、何年経とうが自分自身がわからないというのと同様に、写真自体が疑問そのものだと思う。

そんなわけで、写真を始めた頃、ヒント欲しさに購入した書籍。
「世界芸術写真史1839-1989 W.H.フォックス・タルボットからシンディー・シャーマンまで」(リブロポート)

これを見れば、歴史に残っている写真は、だいたい見ることが出来る。
時代を乗り越えた「いい写真」たち。それらを眺める。
そんなことをしながら、日々、写真を撮っていた。

勤め先の地下の暗室で、連日、こっそり現像とプリントをしながら。



世界芸術写真史 1839‐1989―W.H.フォックス・タルボットからシンディー・シャーマンまで

世界芸術写真史 1839‐1989―W.H.フォックス・タルボットからシンディー・シャーマンまで