日な日な余波ははなやか歩く

毎週1〜2回のペースで、ここで写真展をやってます。「繰り返し」と「凡庸」は写真と人生の本質です。

影響されちゃうよね〜。

最近の睡眠の最中に見る自分の夢が、とても印象的。

支離滅裂だから説明はできないけど、

起きてからもその味は残る。

苦々しく、悶々とする。

昨日、書店に立ち寄ったら、

つげ義春の最近の著書が並べられていた。

旅の風景のスケッチが載せられた本などはいいなと思ったけど、

買うのは我慢した。

夢日記もあった。

退屈な他人の夢の話も

つげさんなら興味が湧くのだから、

作家はすごい。

手始めに『ねじ式』のイメージのコラージュ的な感覚などは、

読み返すほど、ゾクゾクさせられる。

無論

それだけで収まらない引き出しの多さにも興味をそそる。

結果的に短編しか描かない漫画家だったから

成し遂げられた技か。

 

 

 

 

でも、世間ではあまりそのことは言及されない。

つげ義春と言えば、そういう漫画家になっている。

もう描いてないし。

もし『漫勉』で、つげ義春が見れたなら、

とある界隈では大騒ぎになるだろう。

まあ、かなわない夢だということは、

みんな知っている。

だから誰も言わない。

とは言え、

四六時中、他人のことに夢中になってても、

何にも成就しないから虚しくなることもある。

それをわかった上で、

揺さぶられた何かと自分とを

照らし合わせて考えることは

勉強にもなる。

そういう感覚からはじめなければ、

評論家なんて職業は、僕には信じられない。

とりあえず

何もない場所から作品など生まれないから、

時代を作る隣近所の作品は、僕にとっても重要だ。

要は

自分というちっぽけな存在も

今という時間の中にいるからこそ、

生かされている。

そんな身も蓋のない結論で、

今日はもうおしまい。

み〜んな悩んで大きくなった!

 

以上。

昨日撮った写真でゴンス。

そして、

 

これまで撮ってきた写真の一部と

ひとりぼっちなりに写真について考えてきたことを文章にした本

『それでも写真が好き』

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