日な日な余波ははなやか歩く

週1~2回くらいのペースで、ここで写真展をやってます。「繰り返し」と「凡庸」は写真と人生の本質です。

撮るよねー。

展覧会情報、更新しました。 

今後も頑張りますので、よろしくお願い申し上げます。

 いくらでも、何度でも、写真をやり直そう。

 そんな動機で先週から京都の撮影をはじめた。

 もちろん、今度の新作展の準備をしながら。

 昨日、仕事からの帰路、

 夕方の街を眺めながら歩いてみたら、夕方の光と街灯の灯り、それに加えて窓からの灯りに炙り出された街の風景がとても魅力的に見えた。 そこに人が居るという温かみの光。 その時、カメラは持ってなかった。

 で、「朝の光か?夕方の光か?」という問答が僕の中でまたふりだしに戻される。 生前故・篠山紀信が雑誌でしゃべっていたことを思い出す。

 そして今朝、昨日歩いた道を遡ってみる。

 とりあえず朝の光の中で撮影したのだけど、今後は時間を限定しなくてもいいのじゃないかという気がしている。

 じゃあ、何を軸にして写真を撮っていくのか? これまでのように具体的な条件に当てはめて撮影するわけではなく、自分の中で決めた何かに沿って撮影していくためには、何をどうすればいいのか?まだ何も判らない。 だって撮影は2回済んだだけだもの。 

 あ・・・でもまず必要なのは、シリーズのタイトルを決めることだろうな。

 ま、とりあえず、次のシリーズははじまった。

 しかし、これまで何度歩いたたか知れない道を、2024年3月31日の今朝にまた歩いても、未だ新鮮な驚きと幸福感が得られたのである。 その事実に自分でも少し驚く。

 そんなわけで、今朝は271カットの写真を撮った。