日な日な余波ははなやか歩く

週1~2回くらいのペースで、ここで写真展をやってます。「繰り返し」と「凡庸」は写真と人生の本質です。

凡庸。

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外での自由が限られているから、街で撮る機会が減っている。それも考えようだ。

BS1で放送されたキューブリックのドキュメンタリー。

イギリスに移ってからのキューブリック映画は、全て自宅の近くで撮影していたらしい。

ベトナムの戦場も自宅からそう遠くない場所で再現した。

 

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何かの文章でキューブリックは旅行嫌いと読んだことはあるが、距離の移動で失われる常なる思考やら熱量やら冷静さを取り戻す時間は、いちいちもったいない、それは確か。

だからと言って、近場であんな映画が作れるのだから、よほどすごい。近場という言い方は雑だが。

 

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日常に対する思い込みには、気をつけようと思っている。

日常という風景は、人間そのもの。

人と自然を分けて考えない、人も自然の一部だけど、人の立場を保つ「日常」という風景は永遠に完全なものにはならないし、度を過ぎれば不自然なものにもなるし。

 

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そんなぐらぐらしているものを信じ込んでしまえば、それは動物としても余計に生きるのが辛いだろうと思うのだ。 キューブリックの映画は人間に対する客観性がある。 作品の中の残酷な現実は、決して非日常的なことではない。 

 

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楽になりたいと思いながら、考えてみれば娯楽性を動機に作られる作品は、好きではないという自分。 それはなぜか?  だって刺激がないんだもん。

やっぱり、何かが、欲しい。

 

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