奥に進むにつれ、熊出没注意の看板が見えだした。
熊は人がたてる音の方には近づかないと聞いている。
車の両側の窓をあけ、ステレオから聞こえるジミ・ヘンドリクスのボリュームを上げる。
山の中だから遠慮はいらない。
車を離れて写真を撮る間も、音楽を鳴らし続けた。
ここまでで、ブローニフィルム3本は撮っている。
さらに山の奥へ進んでいると、シートベルトをせよの警告のブザーが鳴りだした。
一旦車を止めて、シートベルトをつけなおす。
でも、鳴る。
助手席に置いたカメラを動かしてみたり、その辺りを手で仰いだりしてみる。
でも鳴る。
「誰かが乗ってるのか?」とつぶやいて車内を見回す。
夜があけて明るい朝。何の疑いもない。
前方は、コンクリートに固められた斜面と崖の風景になった。
森はぬけてしまって、これ以上先に進んでも興味の湧く風景は無さそう。Uターンする。
気がつけば、警告のブザーも鳴らなくなっていた。
それ以上は行くなという誰かの警告だったのか、と思った。
来た道をもう一度見直し、撮りながら人里に下りていく。
良い河、好い森、来て良かった。
でも思う。
行ってはいけないところ、撮ってはいけないものにまで足を踏み入れてはいないか、ということ。
興奮はしているが、撮る時には必ず冷静な瞬間がある。
注意はしているつもりだ。
何かが間違っていれば、プリントを見ても自ずとわかる。
答えは写真の中にある。もしダイアン・アーバスの写真が下品な代物だったなら世間に見向きもされなかっただろう。
撮る前の恐れや煩わしさは常にあるが、撮りだしてしまえば、後悔はなくなる。
独りぼっちの行動は、当人の中に欲望があるから成立するに、他ならない。
それは無償の喜びだ。
それがあるかぎり、何とかなる。
その写真が悪趣味かどうかは、撮る人の内容に左右する。
後日、行った先を地図で調べてみると、その先にも村を見つけた。
人が住んでいた。とくに恐れる必要もなかった。
- 作者: ダイアンアーバス,Diane Arbus,伊藤俊治
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1992/07
- メディア: 大型本
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