日な日な余波ははなやか歩く

週1~2回くらいのペースで、ここで写真展をやってます。「繰り返し」と「凡庸」は写真と人生の本質です。

1月3日・4日は、まあぼちぼち。

 

1月3日、嵐山にて。

 

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嵐山から始めて「嵐電」沿いに天神川まで歩いて撮影する。

自分の撮り方に飽きているのは、過度の期待をしているから。

それほど夢中にもなれないまま、ただ淡々と、気持ちだけを空回りさせながら歩く。

 

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夜、やる気を出すために映画『Ryuichi Sakamoto:CODA』を流しながら、これまで撮った写真の入れ替え編集をする。少し良くなった気がする。

作品の質を上げるのは、結局撮った量だということを実感している。頭ではない。撮れば撮るほど深度は深まり、自分自身が見えてくる。あとは、他人にどう見られようとも構わないという、そこにまでに到れば、まあ作品が自立できたかな、となる。

 

 

 

1月4日、三条から祇園、東山五条を経て、JR京都駅。

 

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祇園にはほとんど人影もなく、ゆっくりと巡回するようにタクシーだけが走っている。

八坂神社の裏辺りに来ると、カラスの泣き声がこだまのように空に響いている。意識しないと当たり前に聞き流しそうだが、実際は気味が悪い。

興味半分に料亭『菊乃井』本店を眺めてから、さらに南へ。

 

ここまで、たぶん使わないであろう写真ばかりを撮って、気持ちのエンジンをかけようとする。その結果、なんだかわからない方向に意識が向かっていく。

撮れた感はないが、まあ、それも悪くはない。

言葉にならないところから始まって、言葉にならないところに帰結する。 

 

嗚呼、写真!

 

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緒形拳・・・・『復讐するは我にあり』、良かった。

殿山泰司が殺される場面は、見ているこっちも痛かった。

 

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