「どう写ってるのか?」 それを確かめるのが写真を撮る醍醐味。
上がりの善し悪しは、プリントしなければ判らない。理屈ではないから。
注文した95枚のプリントを見ていく。
1度めは「写ってない」とガッカリして、2度めは落ち着いて、思い直す。
いつも、そんな感じだ。それも慣れ。
たぶん自分自身が、その写真の「写り」に沿うのに時間がかかるからだと思う。
とりあえず、全体の3割くらいが残る。
8割や9割なんて、あり得ない。それで正しい。そう思うに至った。
文句なしに、いい写真・・・・自分にとってだが。それは1枚あるかないか。
で、今回は、あったと思う。ちなみに、上の写真ではない。
過去にupした『答えられない』という回で、撮ったと書いた写真がこれ。
何の目的に、何を撮ろう撮ろうとしたのか、探りながら撮った、結果の判らない写真。
自分のやりたいことは、そんなこと。
少しは伝わるだろうか?
出来るだけ、独立したものとして、その1枚の写真の善し悪しを見分ける。
撮った時のエピソードなどは、切り捨てる。
ただただ、「物」としての「1枚」を見て判別する。
出そろったものを眺めて、
さて、ここまでがこうで、これからがどうなるのだろうか?
どうすれば、らしきその何かに出来上がるのだろうか?
偶然と必然を、辛抱して待ち続けるもの、自分にとっての写真は、そういうものと思っている。