日な日な余波ははなやか歩く

週1~2回くらいのペースで、ここで写真展をやってます。「繰り返し」と「凡庸」は写真と人生の本質です。

降っても晴れても、その16。 

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岡田史子作品集。その第1巻。

今は亡き、レイハラカミこと原神玲から教えてもらった漫画家の作品集。愛蔵版として全2巻出ている。1992年11月30日初版分。

次は何を読もうかと本棚を当たったら、この2冊が目に止まった。で、寝る前に少しづつ読んでいたら、夢に原神が出てきた。現実ではありえない状況の夢だったけど、痛々しい後味が残る夢だった。

 

1992年当時、22歳の僕らは同じアパートのお隣さんだった。

同期だった彼とは短大を卒業後、偶然、不動産屋さんに同じ物件を紹介され、お隣さんになってしまった。彼は専攻科生として大学に残り、僕はアルバイトの日々。

最初の1年ほどは、互いに酒と肴を持ち寄って、ずいぶん飲んだ。そんな時にこの岡田史子という漫画家を教えてもらった。

僕は当時、詩を書いていた。岡田史子のデビュー作『太陽と骸骨のような少年』はボードレールの詩が使われている。それもあってか、彼は僕にこの作家を教えてくれた。彼はそういうところは協力的な人だった。

その時彼が貸してくれた本はこの装丁のものではなく、作家が執筆していた当時に発行された単行本だった。おそらくお兄さんの所有してた本だったのではないかと察する。

多分男性には描けないような刹那的な精神を持った作品は、当時、(そして今も)僕には憧れることしかできなかった。

数年を経て、僕の方から先にアパートを退去したその後だったか、この愛蔵版が出版されているのを書店で見つけて手に入れることにした。手には入れたが、やっぱり作品と自分との距離は縮まらなかった。

そうして25年あまり、この本を読むと当時理解できなかった凄さが今は理解できる気がする。

それと同時に原神との記憶も甦える。今までこうして言葉にすることもほとんどなかった。

 

今だから言えること。確かに僕は、原神玲に影響を受けている。

当初の僕の価値観の多くは彼と重なり合ったところに在った。

だから憧れもあったし、息苦しさもあった。 

死んじゃったものは仕方がないが、今でも彼の価値判断は僕の心のどこかを左右している。

そんな友人を忘れることはないが、今は忘れようと思う。