日な日な余波ははなやか歩く

週1~2回くらいのペースで、ここで写真展をやってます。「繰り返し」と「凡庸」は写真と人生の本質です。

理屈だけで全ては片付かないことを知らなければ。

 

 

 

 午前3時半に起きて歯を磨いていると、カメラに入ったSDカードの残りの空き容量が少ないことに気がつく。

 新しいのを入れて間もなかったのに、この前撮ったのは1,000枚を越えて、撮り過ぎた。 何事も経験から始まるからその量が無駄だとは思わないが、決して良いわけでもない。

 そんなわけで手持ちので撮れる量は、残り230枚分くらい。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の写欲として自分の中にあるのは人を撮ろうということだけど、やはり無闇矢鱈ではいけない。 量だけで内容が無いよーでは、ガッカリする。

 今朝はそんな反省もあってか、それにちょっと嬉しいこともあったりしてか、思い切って他所様の方に声をかけたりして、写真を撮らせてもらったりする。 ほんとに久しぶりのこと。 先日の展覧会の際にたくさんの人と話した経験が役に立った。 

 ようやく次なる世界に進めるか?  52歳すぎてやっとかよって、いや、わかっているようでもわかってないことって、いつになってもたくさんあるものだ。 

 歳を経て滲み出るものがある、そのことがやっと判ってきた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝は光の色も良くて、撮った内容は本当に良かった。 24,119歩を歩いて、撮ったのは514カット。

 案の定、SDカードは容量は足りなくなって、しばらく写真が撮れないままに朝食、その後、駅ビルの大きなベンチで寝転んで、青い空と白い雲を眺めて時間を過ごし(この時間が最高に良かった)、開店早々のヨドバシカメラに急いで買いに行ったが、僕がいつも使っているのは在庫無し。 ならば、ビックカメラにはあるかと思って歩いていくと、京都の店舗はすでに閉鎖されてた。  

 結局、ヨドバシに戻り、月末のお金の無い今に残りのお金をはたいて、1ランク上のカードを購入。 急いで駅ビルに向かい、撮り残したもの・・・・ヨドバシカメラに向かう際に床に羽を広げたカラスの死体を見つけた・・・・のところへ戻ったが、残念ながらすでに片付けられてあった。  撮り逃し、残念。 

 そんなこともあって、悔しさと撮りたい欲求がおさまらず、最終的に祇園の町にまで歩を進めてしまった。

 

 

 

 

 

 先の犬に続いて、上のお二方も撮らしてもらう。 撮ってる最中に後ろから、もうお二方がやってきて、会話をしながらのところを撮っているので、左の方に知らん顔されているわけではありません。 単に僕の腕の悪さです。 これも経験です。